日本の政治家の答弁で耳障りな発言のひとつに「仮定の質問にはお答えできません」というのがあります。みなさんも聞いたことがありませんか?野党の代表者が「○○大臣,仮にこの時点でアメリカが経済制裁をしかけてくるとすると……」といった質問をすると,「そのような仮定の質問にはお答えできません」と答える場面です。このような答え方は常套句に近いものであると思います。
「あなたはまだ起こりもしない仮定の質問をつくり,私を罠にかけようとしている。それにまんまとひっかかるようなことはいたしませんよ」と言っているようにも聞こえますし,同時に,「仮定の質問に答えるなどいまだ見ぬ幻について語るようなもので,地に足のついた政治家の発言とも思えない。つつしむべき発言である」というような戒めにさえ聞こえます。「そのような仮定の質問にはお答えできません」と落ち着いた口調で言われると,そう言っている人が妙に大人に見えてくるから不思議です。
私は,政治家に託された仕事は「いまだ見ぬ日本の将来についてしっかりとしたヴィジョンを提示し,国民を一定の方向へ導くこと」であると思います。ほとんどが「仮定」としか言いようのない「未来」についての決定を,政治家は常にしなければならないのです。そもそも私たちが決定するべきことがらはつねに明日以降のことに関することがらなのです。ですから政治家で最も必要とされるスキルは,リスクマネージメントを背景に「仮定の質問」にお答えられるスキル,にほかならないのです。
福澤一吉 (2002). 議論のレッスン NHK出版 pp.28-29
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