はじめに,よいニュースだ。一連の実験から,総じて人間は,グループ全体の自分に対する評価をわりあい正しく予測できていることがわかった。自分が予測した数字と,ほかのメンバーの実際の数字の平均値の相関係数は,非常に高かった(正確な数字を知りたい人のためにいうと,0.55だった)。これは,父と息子のあいだの相関係数(約0.5)と,ほぼ同じくらい高い数字だ。完璧に把握できているとまではいかないが,まったく見当違いというわけでもないレベルである。いいかえれば,人は他人の考えを,ある程度は予測できるのだ。
次に,悪いニュースだ。この実験では,グループの個々のメンバーの評価を,どれだけ正確に予測できるか,というテストもした。たとえば,同僚たちからは,おおむね頭が切れると思われていることは理解できても,同僚一人一人の評価には幅がある。ある人は,ナイフのように鋭いと思っていても,別の人は,スプーンくらいの鋭さだと思っているかもしれない。その違いを感じとれるのだろうか?
答えはノーだ。この問いに対する正答率は,当てずっぽうで答えたときの数字をわずかに上回る程度だった(予測と実際の評価の相関係数は0.13で,まったく関係ない人同士が予測した場合より少し高いだけだった)。同僚たち全体から,どれくらい優秀と思われているかを予測することはできても,とくに優秀と思ってくれている人や,そこまで優秀とは思っていない人を見分ける手がかりはまったくないようである。この実験に関わった研究者の言葉を借りれば,「特定の人から自分がどう思われているか,ということについて,人はほんの少ししかわからない」ようなのだ。
ニコラス・エプリー 波多野理彩子(訳) (2015). 人の心は読めるか? 早川書房 pp.28-29
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