脳刺激報酬の現象が発見されてほどなく,その効果は脳の「快楽中枢」の刺激によるものだという考えが起こった。ニューオリンズの医師ロバート・ヒースが統合失調症の患者がそのような刺激を快く感じたと報告し,この考えはますます力を得た。同じころ,文名を高めていたマイケル・クライトンが『ターミナル・マン』で快楽中枢という概念を大衆化した。多くの研究者が脳刺激報酬を主観的に経験される快楽として捉えたなかで,この分野の指導的理論家,ピーター・シズガルは報酬が行動をモーティベートする能力と快楽的感情を生じさせる能力とは別べつであると主張した。これはシズガル自身が指摘しているように,情動行動は必ずしも情動感情によって引き起こされるわけではないという私(ルドゥー)の概念のモーティベーション版である。
人気の高さにもかかわらず,脳刺激報酬の研究はやがて活力を失った。理由の1つは脳刺激報酬のモーティベーション的性格が明確にならなかったことだ。脳刺激報酬は動因を活性化するのか?誘因を強化するのか?それともその両方なのか?脳刺激報酬は自然な報酬と同じなのか?脳刺激報酬によって学習を説明できるか?これらの問題は未解決に終わった。そして1960年代後半には,認知科学の影響が強まるなか,脳刺激報酬はモーティベーションと情動に関するほかのトピック同様,死にかけていた。認知科学者によって,動因・誘因・報酬といった問題は行動主義者にとって重要であったほどには重要でなかったのだ。
ジョゼフ・ルドゥー 森 憲作(監訳) (2004). シナプスが人格をつくる:脳細胞から自己の総体へ みすず書房 pp.362-363
(LeDoux, J. (2002). Synaptic Self: How Our Brains Become Who We Are. New York: Viking Penguin.)
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