ここで述べた知覚の基本原理は単純で,ほとんどが類似性の原則に基づいている。「アヒルのように歩いてアヒルのように話しているなら,それはアヒルに違いない」という類似性の原則は,アヒルを見わけるときならほぼ完璧に当てはまるが,より複雑な状況では間違いのもとだ。軍隊では,こうした知覚的手がかりを利用して,目や顔があり,人間のような肌をした精巧な手を持つ戦争ロボットをつくり,見た人すべてが恐怖心を抱くようにしている。また,1990年代に,マイクロソフト・ワードのユーザーが,プログラムについている仮想アシスタント<クリッピー>に本気で腹を立てたのは,<クリッピー>があまりにも擬人化されていて,その振る舞いが,まるで勝手にオフィスに押しかけてくる,社交性のかけらもないおせっかいな同僚のように思えたからだ。さらに,外見だけを見れば,ほぼ人間と変わらないように思えるチンパンジーをペットにしている人は,人間にもっとも近いこの動物が,遊びに来た友人の顔を引き裂いたり性器を引きちぎったりして始めて,彼らが人間と違う心の持ち主であることを思い知った。つまるところ,外見は当てにならないのである。
ニコラス・エプリー 波多野理彩子(訳) (2015). 人の心は読めるか? 早川書房 pp.119-120
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