ピアジェは,自分の視点に気づけば,その視点から解放されると主張したが,そのとおりだと思う。実験を通してこのことを学んだおかげで,私の人生は大きく変わった。教授という仕事は,人前で話すことが多い。ところが,人前で話すようになって間もないころの私は,身をすり減らすほどのあがり症に苦しんでいた。初めて学会で発表するときは,緊張で2日間眠れなかった。初めて教職採用面接を受けたときは,3週間で9キロもやせた(心配ご無用。大学時代はフットボールをやるため増量していたので,余計な贅肉はたっぷりあった)。今でも人前で話すときは緊張するが,身をすり減らすほどではない。聴き手のほとんどは,私が想像する最悪のケースのことなどまるで考えていないし,私が目の前で話しているときも,自分の生活にとって大事なことをあれこれ考えているだろうし,たとえ何が起ころうとも,私が思うよりはるかに早く忘れてしまうことを知っているからだ。数年前,初めて高校の卒業式でスピーチをすることになったときなどは,自分が卒業生だったときのスピーチ内容を思い出せたら100万ドルあげるといわれてもまったく思い出せなくて,逆に勇気づけられたものだ。そもそも,高校の卒業式のスピーチをした人が,男性か女性かも忘れていた。あなたが昔聴いた講義や講演や,終わるまでじっと耐えていた卒業式スピーチのことを,もう一度思い出してほしい。あなたは,話の内容を何%くらい思い出せるだろうか?もしその数字が,雷に当たる確率より高かったら,驚きだ。人間は,自分の視点が持つ自己中心性を意識することで,広い視点を持てるようになる。さあ,気を楽に持とう。そもそも他人はあなたなど見ていないし,もし見ていても,たいして気にしていないのだから。
ニコラス・エプリー 波多野理彩子(訳) (2015). 人の心は読めるか? 早川書房 pp.160-161
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