微表情という概念は広く関心を集めているが,その科学的な信頼性は,今のところ,どうひいき目に見ても高くない。第1の理由は,人間の感情は知らず知らずに外に漏れ出て,他人にもはっきりわかるという考え方は,客観的な事実というより自己中心的な幻想に思えるからだ。被験者に,嘘をつかせたり強い感情を隠してもらったりする実験では,被験者は自分の本心が相手に悟られてしまう可能性を,実際よりはるかに高く見積もっていた。良くも悪くも,人間は,自分が思う以上に嘘をつくのが上手なのだ。第2の理由は,研究者が,相手が嘘をついていることをうかがわせる表情を必死に探しても,それが見つかるケースはごくわずかで,さらに嘘を述べているときも真実を述べているときも,微表情の出方は変わらないからだ。ある実験で,被験者にいろいろな感情を呼び覚ます写真を見せて,その時々に感じたことを正直に出したり,逆に隠してもらった。すると,実験で見られた679の表情のパターンのうち,完全な微表情(顔の上半分と下半分のどちらにも出る表情)は1つもなく,部分的な微表情(顔の上半分か下半分のどちらかに出る表情)は14個(全体の2%)しかなかった。そして14個のうち,半分は本当の気持ちを隠そうとした時のもので,残りの半分は,本当の気持ちを正直に出した時のものだった。つまり,微表情はめったに見られるものでなく,しかも本当の気持ちを表しているかもしれないし,逆にそれを隠しているかもしれないのだ。もちろん,すべての感情が隠せるわけでもない。とはいえ意外なのは,人間の本当の気持ちはめったに漏れ出るものではなく,顔に出る表情は本当の気持ちを誤解するきっかけにもなるということだ。
ニコラス・エプリー 波多野理彩子(訳) (2015). 人の心は読めるか? 早川書房 pp.254-255
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