さて,疫学研究で得られるデータとその分析が応用のために信頼できるかどうかを,妥当性という言葉を用いて説明することが多い。妥当性は,内的妥当性と外的妥当性とに分けられる。外的妥当性は,一般化可能性とか応用可能性と呼ばれることがある。内的妥当性の追求が科学の整合性(論理的な説明)を求める一方,外的妥当性は応用可能性を求める。
医学研究における動物実験は,うまくいけば内的妥当性はそこそこあるが,人への外的妥当性は全くないかほとんどない。ピロリ菌による発がん性を動物実験で示そうが示すまいが,「それでどうしたの?動物と人間とでは違うよ」と一言で片付けられる危険性が常にある。動物実験の結果を人間に適用可能であると言うすべを,動物実験は持っていない。一方,応用可能性を追求しすぎて内的妥当性が全くなければデータは信用できない。両方の妥当性を十分に満たすことは困難だが,どちらかが完全に欠けているのはまずいのだ。内的妥当性を追求して,実験ばかりするのでは困る。特に医学の応用目的では人間での観察が可能なら観察研究を検討する必要がある。実験は内的妥当性を上げるための形式の1つに過ぎない。科学研究の目的は,形式を整えることではない。この場合の目的は,あくまでも因果推論である。目的を見失ってはならない。
津田敏秀 (2011). 医学と仮説:原因と結果の科学を考える 岩波書店 pp.12
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