一般法則の話を個別の話に当てはめているのに,個別の話だけで論じようとして混同してしまう人も,因果関係の議論の際によく見かける。実在世界と言語世界の混乱であり,科学の仕組みとヒュームの問題を知らないためである。また,ヒュームの問題により,たとえ要素還元主義やメカニズムを追求する場合であっても,原因と考える出来事と結果と考える出来事との間で,データに基づいて推論を行わねばならないことも分かる。
ヒュームの問題は250年ほど前に指摘された。20世紀にはラッセルがヒュームを広く紹介した。ところが,日本ではいまだに,ヒュームの問題が踏まえられていないことが多く,この弊害は非常に大きいと思う。原因という出来事と結果という出来事は実在世界に属する。しかし因果関係は言語世界に属する。因果を日常生活や科学に生かすためには,このことを頭にたたき込み,言語世界の因果関係を描き出す語彙を持つ必要がある。そうでないと因果関係は描けないし,描かれた因果関係も理解できない。従って妥当な判断もできない。
津田敏秀 (2011). 医学と仮説:原因と結果の科学を考える 岩波書店 pp.101-102
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