典型的なある1日を想像してみよう。あなたは一晩ぐっすりと寝て気持ちよく目を覚まし,筋肉と頭脳にたっぷりエネルギーを送ってくれる健康的な朝食をとる。きょうも1日効率よく働く準備は万端だ。会社では,1日中居心地の良い環境で仕事をする。ほとんど邪魔も入らないし,室温も適度に保たれているので,震えたり汗をかいたりして余分なエネルギーを使うこともない。有害な物質にさらされる程度も最小限だし,友人や家族もしっかり支えてくれている。あなたは1日じゅうリラックスして過ごし,生産性を最大限に引き出すことができる。
ここで,もうひとつのシナリオについて考えてみよう。あなたは大陸を横断する長旅のあと,充血した目つきでよろよろと空港に降り立ち,ペプシコーラを朝食の代わりに飲んで元気をつける。すぐにレンタカーに飛び乗って,得意先との会議に向かうが,車のナビゲーションシステムが壊れていたせいで道に迷ってしまう。ようやく遅れて会議にたどりついたときは,いらいらして,震えが止まらない。会議中には,下痢をもよおしてトイレに駆け込まなければならない。腹の具合がずっとおかしいのdが,抗生剤の効き目がちっともあらわれないのだ。足元の絨毯にはノミが飛び回っているのか,何かが靴下の中にもぐり込もうとしている。会議に戻ってしばらくすると,害虫駆除会社の連中がやってきて,吐き気をおよおす白い煙を部屋中に撒き散らす。会議でのあなたのパフォーマンスは最低だ。期待していた取引もまとめることができない。けれども,くよくよしている暇はない。すぐに次の会議に向かわなければならないから。実は,このあとも夜遅くまで,いくつもの会議が目白押しだ。そのあと,とんぼ返りで飛行機に乗り,目を充血させて家に戻ることになっている。ゆっくり座って食事をとる時間などないので,車を運転しながら,ドーナツにかぶりつく。
あなたの調子は最低だ。不可能な詰め込みスケジュールのせいで常にいらいらしているだけではない。睡眠不足,糖分の多い食事,化学物質による汚染が免疫系に重い負担をかけている。おそらくこれからさまざまな病気にかかり,仕事の業績もどんどん落ちていくだろう。ついに妻の待つ家にたどり着いても,ロマンチックな気分などにはとてもなれない。心配事があまりにも多すぎるから。子どもたちに何らかの学習障害があるらしいこともそのひとつだ。
ローワン・ジェイコブセン 中里京子(訳) (2009). ハチはなぜ大量死したのか 文藝春秋 pp.183-184.
(Jacobsen, R. (2008). Fruitless Fall: The Collapse of the Honeybee and the Coming Agricultural Crisis. New York: Bloomsbury USA.)
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