面白いことに,タイロシンは家畜にも投与されている。私はつねづね,いわば巨大なたんぱく質の塊である牛が,たんぱく質含有量の低い草を食べるだけでどうやってあれだけの体を築くことができるのかと不思議に思っていた。だが今では「第一胃」,つまり牛の胃の最初の小部屋がその鍵を握っていることがわかる。第一胃は,基本的にはバクテリアの詰まった発酵タンクだ。バクテリアは消化しにくい草のセルロースを特殊な酵素で分解し,それを食べてウサギのように急速に繁殖する。バクテリアの一部は第二胃に運ばれて,今度は牛が消化することになる。60パーセントがたんぱく質のバクテリアは,ミクロサイズのステーキのようなものだ。ある意味では,私たちが牛を飼うように,牛もバクテリアを飼っていると言えるかもしれない。
けれども,肥育場の家畜が草の代わりにトウモロコシを食べさせられると,第一胃の環境はバクテリア群を死滅させる形に変わってしまう。その結果,さまざまな病原菌がはびこって,タイロシンが必要になるのだ。『雑食動物のジレンマ The Omnivore’s Dilemma』で,マイケル・ポーランは肥育場の獣医に,抗生剤の投与を止めたら牛がどうなるかと尋ねている。獣医の答えはこうだった。「死亡率が上がり,うまく育たない牛が増えるだろう。今みたいに餌を与え続けて太らせることができなくなる。もし,牛に大量の草とスペースを与えたら,私は商売上がったりになってしまうさ」。牛を放牧して草を食べさせるより,病気の牛をひとところに集めてトウモロコシとタイロシンを与え,獣医を待機させておいたほうが費用効率がいいのだ。だから,ほとんどのビーフはこのように生産されている。
これはミツバチについても同じだ。放牧は高くつくが,コーンシロップは安い。肥育型の養蜂につきまとう病気と闘うために必要となる抗生物質も安い。けれども,薬がかえって蜂を病気にしているとしたら,このような飼い方は結局安いとは言えないだろう。
ローワン・ジェイコブセン 中里京子(訳) (2009). ハチはなぜ大量死したのか 文藝春秋 pp.192-193.
(Jacobsen, R. (2008). Fruitless Fall: The Collapse of the Honeybee and the Coming Agricultural Crisis. New York: Bloomsbury USA.)
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