もしあなたの祖先が,私の祖先と同じようにヨーロッパからやってきたのなら,その人たちは,おそらく黒死病を生き残った人々だったろう。天然痘も生き残ったかもしれない。私たちが今ここに存在しているのだから,祖先は運がよいほうの人だったことは明らかだ。疫病が不幸な出来事以外の何ものでもないことに反論を唱える人はいないだろう。それと同時に,疫病が去ったあとには,復元力の強い遺伝子を持つ人たちがあとに残るという事実も否めない。かつて私たちの免疫系が守りについていた最前線を抗生剤と消毒薬が守るようになった今日,私たちはおそらく過去数百年でもっとも流行病に弱い立場にいるに違いない。
イタリアのミツバチは,何十年にもわたって,復元力とはほとんど関係のない特質を伸ばすように交配されてきた。伸ばしたい特質のトップを飾っていたのは蜂蜜生産力で,仲間を増やす力も同じくらい乞われていた。性格の穏やかさも欠かせない要素だった。自立に資する特質,すなわち寄生虫や病気への抵抗力,越冬能力,餌が少なくても耐えられる力などは,あまり重視されなかった。というのは,このような問題は,石油化学に頼って解決したほうが効率がよかったからだ。冬の間フロリダにトラックで連れて行ったほうが安くあがるのに,誰がわざわざ越冬可能な蜂を欲しがる?初春に米国南部やオーストラリアから女王蜂と種蜂を新たに買い入れたほうが安上がりなのに,なぜ蜂が自立できるかどうか心配する?異性化糖のコーンシロップが安くじゅうぶんに手に入るのに,なぜ自分で餌をまかなえる蜂など交配する必要がある?巨大な化学企業複合体が提供するダニ駆除剤,殺菌剤,抗生剤が簡単に手に入るのに,なぜわざわざダニと病気に抵抗力を持つ蜂の繁殖に何年も費やさなければならない?
いったんこのような安易な手段に手を染めるときりがない。ミツバチを大陸横断サバイバルレースに無理やり出場させたり,アーモンド受粉のために冬期に巣を冬蜂で溢れ返らせたりすることにより,養蜂家は蜂をどんどん不自然な暮らし方に追い込んでいった。その過程で,必要になったときに初めて気づくような目立たない特質が失われていったことは間違いないだろう。自然のシステムに,本来それが意図していないようなことをさせるのは可能かもしれない。けれどもそれにはいつでも壊滅のリスクがつきまとう。
ローワン・ジェイコブセン 中里京子(訳) (2009). ハチはなぜ大量死したのか 文藝春秋 pp.218-219.
(Jacobsen, R. (2008). Fruitless Fall: The Collapse of the Honeybee and the Coming Agricultural Crisis. New York: Bloomsbury USA.)
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