たとえばクレペリン精神作業検査において,内田勇三郎によって,健常者常態定型曲線として提示された曲線は,一般社会人10,479名の平均作業曲線であり,各人の作業曲線はそれから逸脱の程度によって,準定型,準々定型,疑異常型,異常型などと分類される(横田象一郎『クレペリン精神作業検査解説』金子書房, 1961,による)。これは正常者の平均反応パターンからの逸脱によって異常性を判別するという心理テストの特徴を,典型的に示しているといえるが,この場合の『定型曲線』は日本の社会人集団の平均であるという,その一事によって,工業中心の社会で期待される行動様式や価値観を十分に反映しているのではないか。たとえば横田氏(前掲書)は,この『定型曲線』を示す人の特徴として,『仕事へのとっつきが良く,仕事を長く続けてもムラがなく,新しい仕事にもすぐ慣れ,上達も早い。また仕事に好き嫌いが少なく,外からの妨害によって影響されることも少なく,短時間の休憩で疲れをいやし,前より能率があがる。さらに仕事に没頭していても,外界の変化に適切に反応出来,事故や災害を招くことは少なく,人格も円満で人づきあいも良い』と述べている。この解釈は,横田氏自身の主観によって,やや理想化されすぎている感じがなくもないが,少なくとも仕事へのとっつきの良さ,慣れの早さ,ムラの少なさ,短時間の休憩の効果が十分みられることなどの点では,まさに企業内の労働者やサラリーマンに期待される人間像を十分に示しているように思われる。さらに横田氏の判定法によると,この定型曲線を示す人が,大学文科学生では9.7%,中学生では17.7%しかないという結果が出ているが,これは定型曲線があくまでも企業や職場に慣らされてきた一般社会人の心的特性を示すものであることを物語っている。このように平均からのへだたりという視点では,常に平均附近の反応をする多数者が,評価の基準となり,それらこそ正常者の見本として価値高く評価され,その多数者から落伍した少数者は脱落者,異常者として蔑視され,それにふさわしい処遇を受けるべく,種々の評価ー処理機構の中へ投げ込まれて行くのである。
日本臨床心理学会(編) (1979). 心理テスト・その虚構と現実 現代書館 pp.122-123
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