一個の種複合体(メタスピーシーズ)の半分ずつを構成するイチジクとイチジクコバチは,ひとつの生態系の中で生じている共生の姿を見事に示しているとはいえ,実はこれは極端な例だ。植物と花粉媒介者がこれほど互いに依存していることも,このような関係がうまく続くことにこれほど多くの他の種が依存していることもめったにない。ふつうは,もっと結びつきが弱く,パートナーを失った場合の影響が目立つこともない。花粉を媒介してくれるあるひとつの種が消えたとしても,その植物が絶滅に追いやられるようなことは通常ない。それよりよく起こるのは,着実な崩壊,つまり復元力が着実に失われていくことだ。花粉媒介者の数が減るにつれ,受粉を頼っている植物の数も減っていく。もしかしたら穴埋めをしてくれるほかの花粉媒介者が出てくるかもしれないし,そうでないかもしれない。数を減らしつつある植物や花粉媒介者のほとんどは要石となる根源種ではないだろう。ほとんどはアーチを構成しているただのレンガだ。でもレンガだって,じゅうぶんな数を取り除けば,アーチは必ず崩壊する。
今,アーチはどれぐらい頑丈なのだろう?原野の復元力はどれほど頑健なのだろう?残念ながら,そのほとんどについては,だれにもわからない。科学的研究は資金のあとを追いかける。通称もないほど目立たない野生昆虫の研究などには,誰も金を出さない。全米研究会議の「北米における花粉媒介者の現状に関する委員会」の委員長であるメイ・ベレンバウムは,2007年,CCDに関するアメリカ連邦会議の諮問の場で,「信頼に足りるデータが全国的に欠落しており,このようなデータを収集しようという努力も実質的に全く払われていません」と証言した。彼女はこう皮肉っている。「アメリカ合衆国において花を訪れる昆虫の個体群が減少していることを立証するデータは不十分ですが,このような昆虫が識別できる昆虫学者,ひいてはそれらを観察しようとする昆虫学者については明らかな減少パターンが見出されます」と。たとえ受粉昆虫の現在の個体群数がわかったとしても,比較するための過去の基準値が存在しない。つまり,アーチにはどれだけのレンガが使われているのかもわからないのだ。わかっているのは,毎日のようにレンガが崩壊しているということだけだ。
ローワン・ジェイコブセン 中里京子(訳) (2009). ハチはなぜ大量死したのか 文藝春秋 pp.265-266.
(Jacobsen, R. (2008). Fruitless Fall: The Collapse of the Honeybee and the Coming Agricultural Crisis. New York: Bloomsbury USA.)
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