遺伝学は伝統的に,突然変異による生物の変化を観察することによって,個々の遺伝子を特定するという方法をとってきた。人間の遺伝学の初期には,行動などの違いを説明する単一遺伝子の違いを探すというやり方が一般的だった。しかし,この50年間に行われてきた研究から明らかになったのは,人間のどんな行動であれ,単一遺伝子だけが関係していることはほとんどない,ということである。図1.1にあげたような,性格の個々の要素でさえ,単一遺伝子によって説明するにはあまりに複雑すぎる。行動に関してわかっていることから言えるのは,さまざまな時と場所で,そして私たちの気づきもしないやり方で,相互に,そして環境と作用し合うのであって,行動をもっともよく説明するのはこの相互作用だということである。
一方,有害な単一遺伝子が,性格や行動を「壊して」しむこともある。たとえば,慢性の痛みを引き起こす単一遺伝子の欠陥が,行動にも大きな変化を引き起こすことがある。ハンチントン病は単一遺伝子によって引き起こされるが,この病気になると,まず人格障害が始まる。遺伝する確率の高い早発性のアルツハイマー病は,突然変異による単一遺伝子の機能欠損によって生じるが,これも人格障害をともなう。しかし,単一遺伝子の欠陥が特定の性格特性を壊すという事実からは,その遺伝子がその性格特性に関与しているということまでは言えるが,その遺伝子がそれに関与する唯一の遺伝子だということは言えない。
ウィリアム・R・クラーク&マイケル・グルンスタイン 鈴木光太郎(訳) 遺伝子は私たちをどこまで支配しているか DNAから心の謎を解く 新曜社 pp.23-24
(Clark, W. R. & Grunstein, M. (2000). Are We Hardwired?: The Role of Genes in Human Behavior. New York: Oxford University Press.)
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