ここで,本書で述べる内容の多くを理解する上で重要になる考え方について解説しておこう。ある遺伝子の突然変異が特定の行動を変化させる(たとえば,カルモジュリン遺伝子の突然変異が刺激に対するゾウリムシの動きに影響する)ことが発見されたとしても,その行動がその遺伝子のみによってコントロールされているということにはならない。それが意味するのは,その遺伝子がその行動になんらかの形で関与しているということだけである。行動そのもの----ゾウリムシの場合は前進と後退----には,ほかの多くの遺伝子も関与している。たとえば,ゾウリムシが動き回るのに使う繊毛を調整しているすべての遺伝子や,動き回るためのエネルギーを生み出すのに関与している複数の遺伝子が,そうである。行動が単一の遺伝子の結果であるということはほとんどないか,あったとしてもほんの数えるほどだ。ゾウリムシのような単細胞生物でさえ,そうなのだ。人間のような複雑な生物の場合なら,なおさらである。これが,単細胞生物の行動の研究から得られるもっとも重要な知見のひとつである。
ウィリアム・R・クラーク&マイケル・グルンスタイン 鈴木光太郎(訳) 遺伝子は私たちをどこまで支配しているか DNAから心の謎を解く 新曜社 pp.46-47
(Clark, W. R. & Grunstein, M. (2000). Are We Hardwired?: The Role of Genes in Human Behavior. New York: Oxford University Press.)
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