巨大な牙を持つ肉食動物は,進化できなかった,あるいは進化しなかったために絶滅した。現代の肉食動物の歯が小さいのは,異様なほど大きな牙を持つ個体が,獲物を捕らえるのに苦労したからだろう。歯が大きくなれば,ほかの体の構造を犠牲にしなければならない。つまり,相反する淘汰の力のバランスが問題となる。武器が大きければ,獲物を殺すのには都合がいいが,獲物を捕らえる行動の妨げにもなる。捕食動物の個体群には,異様に大きな武器を持った個体が時々現れる。だが,獲物を捕らえるといった重要な場で行動が制限され,結局生存競争に負け,やがては消えていく可能性が高い。
サーベルタイガーは典型的な事例である。犬歯の進化がこうした極端なレベルにまで進んだ例を見ると,いずれの場合も犬歯の拡大に合わせ,あごや頭蓋骨の形が大きく変化している。あごの関節を修正しなければ,あごを大きく広げることができない。また,獲物ののどや首に歯を深く食い込ませるためには,頭をかなり後ろに下げなければならない。そのため,サーベルタイガーは速く走れなかった。その動きは,きわめてぎこちなかったに違いない。結局,スピードに頼って獲物を狩る肉食動物に,それほど巨大な武器が現れることは二度となかった。
ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.45-47
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