肉食哺乳類は,歯をいくつかのグループに分け,その形や機能を個別に進化させることで,それぞれ特殊化し,信じられないほどの繁栄を生み出した。しかし,この解決法は完璧とはほど遠い。トレードオフ問題がもたらす根本的な制約は,何ら解決されていない。いくら歯を別々に進化させたとはいえ,犬歯,小臼歯,臼歯は同じあごに並んで生えている。これはいわば,スイス・アーミーナイフに含まれるすべての道具を出しているようなものだ。そのため,噛む時には注意してそれぞれの歯の機能を利用しなければならない。骨はドーム型の臼歯で,健や肉は鋭い歯を持つ小臼歯で噛み,犬歯は使わないようにするのである。
フランス料理のレストランで極上のステーキを食べるのであれば,このように注意深く咀嚼するのも,一種のぜいたくと思えるかもしれない。だが野生の肉食動物に,そんな余裕があるはずがない。ほかの肉食動物が,獲物をかすめ取ろうと絶えず狙っている。できるだけ速く,肉を切り裂き,骨を砕いて食べなければならない。それほど慌てていれば,間違いは起こる。歯が摩耗することもあれば,歯が折れることもある。実際,現生および絶滅肉食動物を調査してみると,歯の自然損傷の割合は驚くほど高い。およそ4本に1本の割合で,割れたり折れたり砕けたりしている。
ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.49
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