大部分の優生学者は,とりわけ俗に言うIQテストによって示されるような心的機能の遺伝に,多大の関心を向けるようになった。優生主義の一般の支持者たちは,犯罪やアルコール依存症のような形質の遺伝について議論を繰り広げたが,科学者たちは,一見知能が客観的に測れそうな道具をもっていたので,もっぱらIQテストの成績に注目した。1930年ごろまで用いられていたIQテストはかなり粗雑で,結果から何かが言えるようなしろものではなかった。ある民族集団が全般的にIQテストでは成績が悪いという,政治的意図を含んだ主張は,最初,さまざまな外国人排斥運動を正当化するために使われた。しかし,こういう主張は最終的には,次のような研究結果によって決着した。これらの民族集団の移民者の第1世代か第2世代あとの子孫では,テストの成績が「主流(メインストリーム)」の成績となんら違わなかったのだ。コチコチの優生主義者でさえ,これらの変化が遺伝では説明できないということを認めざるをえなかった。ほかの研究は,栄養不良や言語ができないことがテストの成績に影響をおよぼすことを示した。テストを受ける者にとって馴染みのない問題や概念をとりあげているという点で,大部分のIQテストには明らかに文化的バイアスのあることが,1970年まで盛んに議論された。しかし,ほかの研究が示し続けたのは,次のようなことだった。各民族・人種集団内でのIQテストの成績の標準偏差は,主流の集団の場合と同じであった。また,IQテストの成績のレベルは,アメリカ社会の主流に入ってしまうと,民族・人種集団間の統計的な差がなくなった。これは不思議でもなんでもない。人種を定義するのに使われる形質----それらはもっぱら目に見える身体的特性にもとづくものだ----はごく少数であり,しかも,これら少数の身体的特徴に関係している可能性のあるほかの形質は,さらに少数しかないからだ。
ウィリアム・R・クラーク&マイケル・グルンスタイン 鈴木光太郎(訳) 遺伝子は私たちをどこまで支配しているか DNAから心の謎を解く 新曜社 pp.292-293
(Clark, W. R. & Grunstein, M. (2000). Are We Hardwired?: The Role of Genes in Human Behavior. New York: Oxford University Press.)
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