(1)gは,認知的複雑性と相関していないとしたら興味の対象にならない。(2)課題の複雑さに順位があると考えるなら,能力の劣る対象は「複雑性の限界」にぶち当たる傾向があり,複雑な課題になればなるほど,能力の劣る集団との差がひらいていく。(3)IQと関連のある特性の遺伝率は課題が複雑になればなるほど高まる。(4)したがって,集団間の能力差が遺伝率と相関していても,そこから集団間の差の原因についての手がかりは得られない。(5)能力の劣る集団が優る集団との差を詰めているとき,複雑な課題であればあるほどその上昇値が小さくなる傾向がある。1972年以降,黒人のIQは白人に5.50ポイント近づいているが,GQは5.13ポイントしか近づいていない。(6)最近の学力検査からもIQが上昇していることは裏づけられるが,データ全体を見ると,黒人のIQの傾向は学力達成度の傾向と一致しない。(7)フリン効果は,人種によるIQ差が環境にあるという証明とは無関係だが,議論の見通しをよくしたという点では歴史的な価値がある。
(5)について少し掘り下げよう。1972年以降,黒人は白人との差を詰めている。その値を下位検査ごとに見ていくと,下位検査のg負荷量とわずかだが負の相関が見られる。とはいえ,上昇しているという事実を無視していいわけではない。どの下位検査でも,黒人は認知的複雑性の高い課題で白人との差を詰めている。先ほどのバスケットボールの例にあてはめて考えてみよう。シュートの種類を難易度順に並べてみる。全種類のシュートの上達具合で他チームとの差を詰めたチームは,たとえ難しいシュートほど技術差が縮まっていなかったとしても,全体から見ればシュートの技術差はたしかに縮まっている。能力の劣る集団が勝る集団との差を縮めだしたときには,複雑な課題よりも簡単な課題のほうがかならず大きく向上するのだ。
ジェームズ・R・フリン 水田賢政(訳) (2015). なぜ人類のIQは上がり続けているのか?人種,性別,老化と知能指数 太田出版 pp.146-147
PR