実力主義論によれば,社会正義をつき詰めると人類の理念が崩れるという。それはなぜか。(1)人類は,平等な環境をめざして進歩する。残る個人どうしの才能の差は,すべて遺伝による。(2)人類は,特権の廃絶を目指して進歩する。社会が流動することで,優れた遺伝子はすべて上流階級に集まり,劣った遺伝子はすべて下級階級に集まる。(3)そのため,上流階級は遺伝的エリートになって,優れた遺伝子と上流階級の地位を代々受け継いでいく。いっぽう下層階級は遺伝的な掃き溜めにいつまでも残る。あまりに愚かで現代社会では役に立たず,失業,犯罪,ドラッグ,私生児のはびこる最下層階級に落ちていく。
これでは人間の平等という理念からはほど遠い。論拠自体が破綻しているのだ。上記の(1)から(3)はどんな心理学的・社会学的な前提にもとづいているのか。ひとつずつ見ていこう。(1)カネや地位に執着するという心理は,改善されたり変化したりはしない。(2)そのような心理状態にあっても,カネや地位を犠牲にして平等を推し進めることはできる。(3)困窮している人でも子供によい環境を提供できる。この3つの前提はとうてい信じがたい。しかも実力主義論では,これらを前提としていることがはっきりとは示されていない。それこそが,社会学的想像力が欠けている証なのだ。
ジェームズ・R・フリン 水田賢政(訳) (2015). なぜ人類のIQは上がり続けているのか?人種,性別,老化と知能指数 太田出版 pp.176-177
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