特権を廃絶して平等な環境を実現するには何が必要か?もちろん,累進課税と社会保障制度による富の再分配によって,どんな人にも機会を与えることだ。それを負の所得税と表現しようとも,富裕層からカネをとって不幸な人に配ることには変わりない。実力主義の立場から見れば,人は個人資産を蓄えることと自分の子供をよい地位につかせることに夢中でありながら,特権廃絶と機会平等のために犠牲を払うこともいとわないと考えられる。はたして人はそんな合理的な生きものだろうか?生まれたときから希望のない最下層階級に,人生のチャンスが与えられるだろうか?とうてい思えない。実力主義のダイナミクスは,実力主義の実現ではなく,不平等な環境と特権のはびこる社会秩序の出現へ向かうのだ。平等な社会を維持するには,莫大な富を経済的成功でなく必要に応じて分配しなければならないのである。
階級化した実力主義では,すべての国民がカネに執着しつつも正義も貫くという,ありえない状態が求められる。実力主義論にしたがえば,私たちは狭い世界に閉じこめられ,一人ひとりが才能の違いによって仕切られる。そして,環境の差が小さいほど遺伝子の役割が大きくなり,遺伝子の役割が大きいほど遺伝的な差が行動を大きく左右する。このように社会的な分析を無視した考え方をしていると,社会的シナリオの下支えがない宙ぶらりんな理論に惑わされてしまうのだ。
ジェームズ・R・フリン 水田賢政(訳) (2015). なぜ人類のIQは上がり続けているのか?人種,性別,老化と知能指数 太田出版 pp.178-179
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