こうしたサロヴェイらの発想に触発されて,EI概念を平易に解き明かし,広く世に広めることになった立役者が,サイエンス・ジャーナリストのダニエル・ゴールマンということになります。現在,EIを扱った書物は,欧米圏を中心におびただしい数に上っており,とりわけEI概念の受容は,いわゆる「EI産業」なるものが成り立つほどに,ビジネスの世界で顕著であるといえますが,そのきっかけとなったのが彼のベストセラー『感情知性』(Emotional Intelligence: Why it can matter more than IQ)であることは間違いありません。ゴールマンは,EI概念とその応用可能性を巧みに論じ,(特に欧米圏を中心とした)EIをめぐるある種,狂騒的ともいえる現在の状況をつくり上げたのです。むろん,そこに,彼の筆致の妙が関わっていたことはいうまでもありませんが,うがった見方をすれば,彼の本が,たまたまタイミングよく,当時のアメリカの社会的思潮にうまく合致したという部分も少なからずあったのかもしれません。それというのは,『感情知性』が世に出る前年の1994年,アメリカ社会はもう1冊のベストセラー『ベル・カーブ』(The bell curve: Intelligence and class structure in American life)に揺らいでいたからです。
遠藤利彦 (2015). こころの不思議—感情知性(EI)とは何か 日本心理学会(監修) 箱田裕司・遠藤利彦(編) 本当のかしこさとは何か—感情知性(EI)を育む心理学 誠信書房 pp.1-19.
PR