プロスペクト理論によれば,人はすぐに利益を確定し,損失はずるずると膨らませてしまう。市場が完全にランダムに働くという効率的市場仮説が成り立っているとしたら,どんなに洗練された投資スタイルであっても,あるいはどんなに下手なやり方であっても,投資の期待リターンはゼロのままでまったく変化しない。うまくいくかどうかは時の運次第ということだ。だが,人間のさまざまな心理的バイアスのせいで,相場の変動には非ランダムな要素が持ち込まれる。上がるから上がる,下がるから下がるという相場の自己増幅的な動きもその1つだ。すでに見てきたように,この自己増幅機能が最大限に働くとファットテールが生じる。実は,プロスペクト理論とこの相場の自己増幅機能が組み合わさると,投資家にとっては実に残念な結果を招くことになるのだ。
利益をすぐに確定したがる人は,自己増幅機能によって作り出される相場の大きな動きから十分な利益を得ることができない。また,損失を塩漬けにしたがる人は,そうした大きな動きに飲み込まれて致命的な大損失を被って,市場からの退場を余儀なくされる。自己増幅機能という非ランダムな要素が加わることによって,プロスペクト理論に支配される人の期待リターンはマイナスに落ち込んでしまうのである。
だから,投資の大原則を1つだけあげるとすれば,こうした傾向をいかに抑えることができるかということになる。大きな動きをうまく捉えることができたときは,すぐに利益を確定したいという心理的欲求を抑えて存分に利益をあげる。大きな動きを読み違えた場合には,損失を塩漬けにしたがるという心理的欲求を抑えて,損失をすぐに確定する。
予測が当たるか外れるかよりも,そうしたことが決定的に重要なことであり,本当のプロフェッショナルとそうではない人を分ける差はそこにこそ存在する。
田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.256-257
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