しかし,この物語にはもう少し付け加えておくことがある。アメリカグリ伐り口に腰掛けている木こりたちの小さな姿を見てほしい。これは,今まさに伐り倒されようとしている巨木の死刑執行直前の姿を写したもので,クリ胴枯病が蔓延する何年も前,19世紀に撮られた写真である。実のところ,アメリカグリの天然林はこの菌が現れるずっと以前に,ほとんどその姿を消していたともいわれている。
クリ胴枯病菌に殺されたアメリカグリの大半は比較的若い木で,ヨーロッパ人が西へ向かって開拓の歩を進めるのにつれて,激しくなった生物的ホロコーストの跡に再生した二次林の構成樹種だったらしい。先に述べたように,アメリカグリは伐採や火入れ跡地などに入って,他の広葉樹を抑えて繁殖する樹種,いわゆる先駆樹種のひとつである。場合によっては,人間の荒らした跡がクリの純林になり,それがクリ胴枯病菌に襲われる結果になったといえなくもない。また,若木は遺伝的多様性に乏しく,古代から続いてきた天然林に生えていたものほど病気に強くなかった可能性が高い。
この一斉単純林の樹種構成も,複雑な生物社会を再構築するのには不向きだったのだろう。
人間が荒らした大陸では,アメリカグリが絶滅するのも避けられない宿命だったのかもしれない。この現象は人と菌との関わりの中で現れた生物学的破滅の最悪の例かもしれない。このほかにも,さまざまな興味深い例があるので,ひとつずつ紹介していこう。
ニコラス・マネー 小川真(訳) (2008). チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門 築地書館 p.36
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