多くの宗教にあるもうひとつの興味深い面は,超自然界の代理者は全知全能であり,人間の考えも細部までくわしく知っているとされることだ。この代理者の能力が,他人の考えを推察する人間の能力(いわゆる「心の理論」)と似ていることに注目する研究者もいる。
進化心理学によれば,脳は汎用計算機ではなく,むしろ神経システムの集合体であり,それぞれのシステムが,生存にとって重要な問題を解決するために進化した。たとえば人間は,一度しか見なかった他人の顔を何十年もたったあとで思い出せる。これは驚くべき能力だ。もし生きているあいだに網膜に映ったものすべてを記憶しなければならないとしたら,汎用記憶システムはまちがいなくパンクする。脳はそのように作られていないと想定すべきだ。脳には顔認識モジュールが備わっており,これは疑いなく霊長類時代の初期に進化した。小さな社会では,他者の顔を認識することがきわめて重要だったからだ。このモジュールは顔を巧みに認識するだけでなく,脳のほかのシステムと共同して,保存に値する記憶の選別にもたずさわっている。
「心の理論」モジュールは,推定されるもうひとつの脳内回路で,その存在は証拠によってほぼ確認されている。これの有用性と生存上の利点は明らかだ。ほとんどの社会状況において,人は自分のことばや行為に対して他人がどう反応するかを予測する必要があるからだ。
ニコラス・ウェイド 依田卓巳(訳) (2011). 宗教を生み出す本能:進化論からみたヒトと信仰 NTT出版 pp.65
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