コーヒーノキがブラジルへ持ち込まれたのは18世紀のことである。セイロンの農園が絶滅してからは,ブラジルが世界最大の栽培国になり,以後その地位を保ち続けている。菌学上の話題に絞ったこの本で,ブラジルのコーヒー栽培の詳しい歴史を紹介するのはあまり意味がないように思えるが,ここでちょっと触れておこう。
そのいきさつはセイロンの場合に似ている。手付かずだった原生林が煙とともに消え(今も大西洋に面した熱帯雨林が危機に瀕しているが),100万人を超える奴隷が酷使され,コーヒー王たちが荒稼ぎしたという話が残っている。ヨーロッパ人たちはここでもまた,農業開発のために自分たち以外の人種と生き残っていた生物に対して,生来の無神経さを遺憾なく発揮したのである。しかし,ブラジルのコーヒー栽培の歴史は,セイロンの悲劇の繰り返しではなかった。ブラジルは移入植物に対して厳しい検疫制度を設け,さび病菌が入るのを長い間阻んできた。驚くべきことだが,1970年に至るまで,ブラジルのコーヒーノキは葉さび病にかかっていなかったのである。
ニコラス・マネー 小川真(訳) (2008). チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門 築地書館 p.93
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