しかし,宗教の歴史を一瞥すれば,それがいくつかの重要な点で言語に似ていることがわかる。おそらく今日のすべての言語がひとつの樹から枝分かれしたように,宗教もひとつの樹から派生しているのだ。
人類の祖先の人口は,ある時期,天災によってわずか5000人にまで減った。彼らは同じ言語を話していたと思われる。現代人はみなこの5000人の子孫なので,現存するすべての言語は,彼らが話していたひとつの言語から派生した可能性が高い。
もしそうなら,少なくとも理論的には,現代のすべての言語を含む系統樹を描くことができる。その幹は,5万年以上前の人類の母語だ。主要な枝は,インド・ヨーロッパ語族,アルタイ語族,アフロ・アジア語族など,14ほどの現存する語族。それらの太い幹からさらに分かれた枝が,世界じゅうで話されている6000種類ほどの言語である。
言語は変わりつづけるが,どのひとつも先行する言語に由来するので,そのような樹が育つ。そして理論上,世界じゅうの宗教についても同じような樹を描くことができるはずだ。宗教もまた,先行する宗教からゆっくりと派生してきたからだ。まったく新しい宗教が成功する見込みはほとんどない。新しい宗教を始めるのであれば,どこか既存の宗教のセクトとしてスタートするのがもっとも簡単な方法だ。セクトに加わる者は,その宗教のなかで容易に見つけられる。そのようなセクトのリーダーは,宗教の恍惚を人々に思い出させ,正統派の司祭を,創始期の教えからはずれていると批判するかもしれない。彼の教えが,聖典の再解釈を可能にする啓示にもとづいていることもある。まさにこれが,イエスの弟子や,モンタノス,ムハンマド,モルモン教の創始者ジョセフ・スミスがとった方法だ。
ニコラス・ウェイド 依田卓巳(訳) (2011). 宗教を生み出す本能:進化論からみたヒトと信仰 NTT出版 pp.162-163
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