アメリカの宗教界を取り巻く環境は他国と異なる。その特殊な性格は,憲法修正第一条で定められているとおり,政府公認の宗教がない点によるのかもしれない。このため,経済学者や社会学者のことばを借りれば,宗教の「自由市場」が発展する余地があった。学者たちは,市場での企業の浮き沈みを左右する経済法則を当てはめれば,宗教についても多くのことがわかると信じている。
その説によると,宗教制度のある国では聖職者の給与が保証されているし,公認された宗教は市場を独占しているか,少なくとも優位な立場を脅かされずにすむ。したがって,聖職者にはブランドを高める意欲も,商品のシェアを増やそうとする意欲もない。その結果,イギリスやスゥエーデンのほかほとんどのヨーロッパ諸国で,教会にかよう信者は減りつづけてしまった。
反対にアメリカでは,宗教が生き延びるためには伝道が欠かせない。伝道を怠れば,競合する宗教に信者を奪われてしまう。宗教という商品の市場規模は,競争がない国よりはるかに大きい。さまざまな宗教ブランド間の絶えざる競争によって,消費者の需要が掘り起こされるからだ,と社会学者のフィンクとスタークは主張する。結果として,どこかの教会に属しているアメリカ人の数(「あなたの宗教はなんですか」と尋ねるより,信仰の指標になる)は,国の歴史をつうじて確実に増えつづけている。フィンクとスタークの調査によれば,1776年,協会に属する信者数は人口の17パーセントにすぎなかったが,以降着実に増加して,1980年には62パーセントのピークに達し,2000年も同じ割合だったという。
ニコラス・ウェイド 依田卓巳(訳) (2011). 宗教を生み出す本能:進化論からみたヒトと信仰 NTT出版 pp.294-295
PR