この例から明らかなように,逆推論は厄介だ。逆推論というのは一般的な慣行で,研究者が神経の活性化から主観的経験へと逆向きに推論することだ。逆推論の難しさは,脳の特定の構造が単一の課題しか実行しないことが稀で,ある領域と特定の精神状態を一対一で対応させるのはほぼ不可能な点にある。ようするに,脳の活性化から心的な機能へと,気安く逆向きに推論できないということだ。ジェフリー・ゴールドバーグがマフムード・アフマディネジャードの写真を眺め,彼の腹側線条体がユダヤ教会堂で使われる燭台のように輝いたときに,「ふーむ,腹側線条体は報酬の処理にかかわっているのがわかっているから,この被験者は,腹側線条体が活性化したところを見ると,この独裁者に対してポジティブな感情を経験しているらしい」と考える研究者がいるかもしれない。だが,じつはそうではない。目新しいものも腹側線条体を刺激しうるのだ。
サリー・サテル スコット・O・リリエンフェルド 柴田裕之(訳) (2015). その<脳科学>にご用心:脳画像で心はわかるのか 紀伊國屋書店 pp.45
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