標準的な統計検査を使って「擬陽性」の問題を補正するのは比較的易しい。だが,それ以外にも落とし穴はたっぷりある。ある同輩脳科学者が「爆弾」論文を呼んだものの中で,マサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院生エドワード・ヴァルは,多くの脳画像研究者が自分のデータを分析する方法に関して,根本的に問題があると結論した。ヴァルは,心理状態とさまざまな脳領域の活性化との間に,彼に言わせれば「ありえないほど高い」関連性が推定されているのを目にしたとき,疑わしいと思った。たとえば,怒りに満ちた発話に対して不安を示す傾向と,右の楔状葉(脳の後部にあって衝動制御に関わると考えられている領域)での活動との間に,ほぼ完璧な0.96という関連性(1.0が最大)が見つかったとする2005年の研究に,ヴァルは疑問を感じた。また,気持ちのうえでの不倫をめぐってパートナーに感じる嫉妬の自己報告と,島での活性化との間に0.88という相関を報告した2006年の研究もにわかには信じがたかった。
ヴァルと共同研究者のハル・パシュラーは,もともとの論文を熟読しているうちに,研究者たちが偏った結果のサンプルから結論を引き出していることに気づいた。彼らは刺激と脳の活性化との相関を探すとき,基準を緩めすぎることが多い。その結果,まず,活性化の度合いが際立っている小さな領域に行き着く。そうした小領域にいったん狙いを定めると,研究者は当該の心的状態と脳の活性化との相関を計算する。そのときに,のちの研究では通用しそうにないような,データ中の偶然の変動を図らずも利用してしまう。
ヴァルの批判は多くの面で専門的だが,要点は簡単に理解できる。統計的に有意の関連性を探して膨大な数のデータ(この場合は,何万というボクセル)を調べてから,見つかった関連性だけをさらに分析すると,何か「有効なもの」が出てくるのは,ほぼ請け合いであるということだ(この誤りを避けるには,二度目の分析は最初の分析とは完全に独立したものでなければならない)。この誤りは,「循環分析問題」や「非独立問題」,もっとくだけた言い方では「ダブル・ディッピング」など,さまざまな呼び名で知られている。
サリー・サテル スコット・O・リリエンフェルド 柴田裕之(訳) (2015). その<脳科学>にご用心:脳画像で心はわかるのか 紀伊國屋書店 pp.54-55
PR