ところで,アステカ文明のことを書いた16世紀の書物の中にある黒穂病にかかったトウモロコシの絵は,間違いなくこの菌に侵された植物の最も古い姿である。おそらくインカやマヤも含めて,アステカ人たちは黒穂病のことをよく知っていて,多分喜んで食べていたのだろう。
今日,この膨れた代物は,ウィットラコチェというメキシコ料理の珍味になっている。インターネットでトウモロコシの黒穂病料理というのをひいてみると,これを使ったクリームスープや菌がたっぷり入ったトウモロコシのクレープなど,いろんなおいしそうな料理が出てくる。いかに保証つきでも,私は菌が作った癌細胞を味わってみたいと望んだこともないし,できることなら料理も願い下げにしたい。
メキシコのある地方の農民は,わざとトウモロコシを病気にかからせているともいう。もし,ウィットラコチェに興味がある人なら,朝食のシリアルに混ざっているトウモロコシに黒穂病菌の胞子が混じっていても,ちょっとしたおまけに思えるかもしれない。
私たちが朝食に食べているコーンフレークにも胞子が入っていると思うかもしれないが,とんでもない。アメリカ合衆国連邦政府のガイドラインには,一級品のトウモロコシの品質は黒穂病菌などによる病害や虫害などで傷んでいるものを2パーセント以上含まないものと規定されているのだ。
ところで,外国の読者には,アメリカのコーンフレークはコムギよりも,むしろトウモロコシから作られていると,はっきりいっていたほうがいいかもしれない。アメリカ以外の国では,コーンという用語は他のイネ科植物の穀物にも使われている。たとえば,イギリスでは,コーンというのはトウモロコシよりも,むしろコムギを指すことばになっている。実際,私自身大人になってから,コーンフレークがコムギとは何の関係もないことを知って驚いたほどである。
ニコラス・マネー 小川真(訳) (2008). チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門 築地書館 Pp.171-172
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