脳指紋法は,特定の情報が「脳に保存されている」かどうかを検知できるとファーウェルは主張する。だが,「脳に保存されている」というのは,記憶の仕組みの隠喩としては欠陥を孕んでいる。脳は,忠実な音声・画像レコーダーのようには機能しないし,静的な記憶の保管所でもない。記憶は誤りを犯しやすい器械であり,ときにはものの見事に間違える。すべてが記憶されるわけではないし,記憶されるものも,歪められることがよくある。事象のコード化,保存,永続的な記録の作成,想起という,記憶の各段階で不具合が生じうる。罪を犯した人も,脳波を使った訊問に「合格」するかもしれない。激しい怒りなどで我を忘れ,犯罪の極めて重要な詳細が頭に入ってこないこともあるからだ。頭に入ってこなければ,脳は記憶としてコード化できない。仮に詳細がコード化されても,毎回永続的に保存されるわけではない。記憶は通常しだいに薄れていくし,時がたつうちに,それ以前やそれ以後の記憶と混ざり合いかねない。そのような合成記憶は,正確な記憶に劣らず鮮明で,本当に真に迫っているように思えることもある。
サリー・サテル スコット・O・リリエンフェルド 柴田裕之(訳) (2015). その<脳科学>にご用心:脳画像で心はわかるのか 紀伊國屋書店 pp.138
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