現在のところ,脳に損傷や重い障害がある最も極端な場合を除いて,脳の特定の異常が当該の犯罪行為と関係するかどうかは,神経学者や精神科医や心理学者にはわからない。こうした曖昧さには多くの理由がある。
すでに見たように,脳画像法は血液中の酸素濃度の変動を測定することはできるが,脳の活性化の変化を,被告人が(理性が著しく損なわれている,意志を形成できない,衝動を制御する力が弱まっている,などの理由で)十分な責任を負う法的基準を満たすことができない証拠だとする解釈は,まだ科学的に確実な基盤に立っていない。「異常」に機能的な意味があるとはかぎらないことも重要だ。神経学者が何十年も前から認めてきたように,「悪い」脳(不審な損傷が見られたり,機能的スキャンで異常な活性化のパターンを示したりする脳)を持ちながら,法を守っている人は大勢いる。たとえば,前頭葉の損傷は統計的には攻撃性の増加と関連づけられているが,それでもそうした損傷のある人のほとんどは,敵対的でも暴力的でもない。おそらく,各脳領域が緊密に接続しているおかげで,一部の領域が他の領域を調節したり,他の領域の埋め合わせをしたりできるのだろう。逆に,深刻な問題行動があっても,脳スキャンをすると,ほとんどあるいはまったく欠陥を示さない人もいる。
サリー・サテル スコット・O・リリエンフェルド 柴田裕之(訳) (2015). その<脳科学>にご用心:脳画像で心はわかるのか 紀伊國屋書店 pp.172-173
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