「今日はですね,究極の否定表現,『嫌いだ』について考えてみましょう」
「おお,そうですね。『嫌いだ』というのは,たしかに究極っぽいですね」
「そうなんです。『この本を読んで,作者のことが決定的に嫌いになった』という感想で,全面否定することができます。理由とか論理を越えていますから,反論を許さない絶対的表現として用いられています。いわば捨て身の最終兵器ですね」
「うーん,でも,好きか嫌いかは,個人的な嗜好の問題ですよね?」
「そのとおり。ですから,『嫌いだ』とわざわざ公言しても,実際には作品の否定というよりは,その人本人の自己顕示としての意味しかありません。それでも,やはり,この評価に重みがある,と感じてしまう人が多いようです。それは,誰かから『お前は嫌いだ』と言われることを恐れている人たちが現代社会では非常に多い,ということでしょう」
森博嗣 (2014). 実験的経験 Experimental experience 講談社 pp.261
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