著名な進化生物学者のエドワード・O・ウィルソンは,遺伝子は私たちの行動を制約する「革紐」を提供すると述べている。ただし,それは伸縮自在の革紐だ,と。私たちは,遺伝的性質にある程度まで縛られるものの,「遊び」はたっぷりある。親はわが子の音楽や運動や数学の腕前を自慢したり,いたずらぶりを嘆いたりするとき,DNAと私たちを取り巻く世界という2つの重大な影響力のどちらのほうが大きいのか,という疑問をよく抱く。この疑問は,公共政策にもかかわるので,学者の間では何十年にもわたって白熱した議論の的となってきた。心理学者のドナルド・ヘッブは「個人の性質に,より大きな影響を与えるのは,生まれか育ちか」という疑問を,長方形の面積に,より大きな影響を与えるのは縦の長さと横の長さのどちらか,という問いになぞらえた。答えは,どちらか一方,ではない。だが,それぞれが別個に,という話でもない。一般に,個性のごく基本的な側面の発現を左右するのは,たんに「環境+遺伝」ではなく,遺伝子と環境の相互作用なのだ。遺伝が及ぼす影響力とは,特定の個人がその遺伝的な資質のせいで,社会的なつながりを人より余計に必要としたり,そうしたつながりがない状態に人一倍敏感だったりする,というだけだ。短期間にしろ生涯にわたってにしろ,人が実際に孤独感を覚えるかどうかは,社会的な環境を含めてそれぞれの環境次第だ。そして環境は,本人の考えや行動など,じつにさまざまな要因に左右される。
ジョン・T・カシオッポ&ウィリアム・パトリック 柴田裕之(訳) (2010). 孤独の科学:人はなぜ寂しくなるのか 河出書房新社 pp.41
PR