政治に関心をいだく根本主義者を極右に向かわせるのは,たんなる日和見主義ではない。自分たちが幅広い世界観をもつと考える傾向は他に劣らず根本主義者にも強くあり,宗教的反感と政治的反感を結合できれば満足感は高まる。彼らは,一見無関係なさまざまな憎悪を,たがいに強めあうかたちで結びつける能力を高めていった。たとえば現代の原理主義者が自分たちの宗教感情と冷戦を結びつけたように,彼らは20年代,第一次世界大戦の諸問題とそれにともなう反ドイツ感情の残滓に反応した。近代主義者への非難に共通してみられたのは,聖書批判がドイツの学問から最大の刺激を受けたという主張である。根本主義者たちはこの点を利用して,ドイツ人の非道徳性(戦争時の残虐行為にかんする逸話から明らかだとされた)と聖書批判の反道徳性との結びつきを強調することができた。その形式は単純なものから複雑なものまでさまざまだが,もっともわかりやすいのは,おそらくビリー・サンディのつぎのような発言だろう。「1895年,ポツダム宮殿に廷臣を集めた皇帝は,世界征服計画の概要を述べた。ドイツ人民はマルティン・ルターの教えに反する計画をけっして支持しないだろうとだれかがいうと,皇帝は叫んだ,「ならばドイツの宗教を変えてしまおう」と。こうして聖書批判は始まったのである」。
この発言には,さらに包括的な偏見が感じられる。政治的不寛容と人種的偏見にかんする研究によれば,熱心かつ厳格な宗教信仰と政治的・人種的憎悪とのあいだには強い相関関係がある。そしてこの種の精神の存在こそが,「完全主義者」の出現を促し,現代右翼と根本主義者との類似性を生み出したのである。
リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.116
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