商人の理想が衰退すると,それに代わって《たたき上げ》(the self-made man)の理想が台頭してきた。この理想は百万長者ではないにせよ,少なくとも裕福な実業家になった無数の田舎出の少年たちの体験や野望を反映していた。現代の社会動態研究者が完膚なきまでに明らかにしたように,伝統的なアメリカの立身出世物語は——実業の歴史を飾る華やかな事実であるとしても——統計上の実態としてよりも神話や象徴として重要な意味があった。19世紀の拡張期というもっとも熱狂的な時代においてすら,産業界の頂点に立った男たちの大部分は決定的に有利な条件のもとに生まれた人びとだった。とはいえ,《たたき上げ》の人びとも確かに存在した。彼らの存在は劇的で感動的なその出世物語とともに,神話に実体をあたえていた。
リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.223
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