ハチミツは,糖が結晶化することはあっても,何週間も何カ月も,発酵することも腐敗することもなく貯蔵できる。それは,イーストやバクテリアといった微生物が,ハチミツの中では生きられないからだ。ジェイソン・デメーラとエスター・アンガートは,セイヨウミツバチの蜜にも,この後に紹介するハリナシバチの蜜にも,イーストやバクテリアを殺す化合物が含まれていることを突き止めた。ハチミツに含まれる水分は約20パーセントで,水分量がおおよそ70パーセントの微生物に比べてはるかに少ないため,ハチミツの中では微生物が枯死してしまうのだ。水分のような液体も気体も,濃度が高いほう(この場合微生物)から低いほう(この場合ハチミツ)へと吸収されてしまう性質があるからだ。つまり微生物の水分は浸透圧で吸い取られ,からからに乾いたぬけがらだけが残るわけだ。だがビショップは,バクテリアのスポレス(活動しない休眠状態)ならハチミツにとどまることができて,これが有毒なボツリヌス毒素を作ると警告している。スポレスは成人には害はないが,一歳未満の乳児では命にかかわることもある。
ギルバート・ワルドバウアー 屋代通子(訳) (2012). 虫と文明:蛍のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード 築地書館 pp.180
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