パスカル-レオーネは,TMSを使用して運動野をマッピングし,「点字を読む指」の脳マップが,もう片方の人さし指よりも大きく,また,点字を読まない人の人さし指よりも大きいことに気づいた。被験者が,1分間に読める語が多くなるにしたがって,その運動野マップも大きくなることもわかった。しかし,なによりも驚くべきは,1週間ごとに起こる変化だった。これは,点字以外の技能を身につけるときにも参考になるにちがいない。
被験者は,毎週金曜日(その週の学習を終えたとき)と月曜日(週末の休みのあと)にTMSでマッピングを受けた。パスカル-レオーネは,金曜日と月曜日で,変化がちがうことに気づいた。実験開始当時から,金曜日のマップは急速かつ劇的に大きくなる。だが,月曜日になると,もとの大きさにもどってしまう。金曜日のマップは,6ヵ月間,大きくなりつづけた。だが,どうしても月曜日になると,もとの大きさにもどってしまうのだ。半年経っても,金曜日のマップは依然として拡大したが,最初の6ヵ月ほどではなくなった。
月曜日のマップは,これと反対のパターンを示した。訓練をはじめてから6ヵ月は変化がなかった。だが,その後,だんだんと拡大していって,10ヵ月で学習曲線が平らになった。被験者が点字を読むスピードと相関関係があるのは,月曜日のマップのほうだった。また,月曜日の変化は金曜日のように急激になることはなかったが,安定していた。10ヵ月経って,点字を習っていた生徒たちは2ヵ月の休みをとった。休暇を終えてもどったときに,ふたたび生徒たちのマッピングをすると,2ヵ月前の月曜日のマップと同じだった。毎日の訓練により,その週には急激で短期的な変化が生じる。だが,週末をはさんだり,数カ月の休暇を経ても依然として残っているのは,月曜日のマップに見られる永続的な変化なのである。
パスカル-レオーネは,月曜日と金曜日に異なった結果が得られたのは,可塑性のメカニズムが異なるせいではないかと考えた。金曜日の急速な変化は,現存するニューロンの結合を強化し,回路の表面を剥がした結果だ。ゆっくりとした,より永続的な月曜日の変化は,真新しい構造が作られていることを示唆している。おそらく,新しいニューロンの結合ができ,シナプスが芽を出しているのだ。
この「ウサギとカメ」効果から,新しい技能を身につけるには,なにをやらなければならないかわかるだろう。テストのための一夜漬けなど,短い訓練によって成績をあげるのは比較的簡単だ。これは,おそらく現存するシナプスの結合を強化しているからだ。だが,詰めこんだものは,すぐに忘れてしまう。手にいれるのもたやすければ,失うのもたやすいニューロンの結合であり,急速にくつがえされてしまう。向上を維持し,技能をしっかりと身につけるためには,ゆっくりとした地道な努力が欠かせない。それが,おそらく新しい結合を作るのである。もし学習者が,進歩がないとか,「ザルのように」端から忘れてしまうと思っているのなら,「月曜日の効果」が得られるまで継続して学習する必要がある。点字を読む生徒たちは,この効果が得られるまでに6ヵ月かかった。のろのろと学んでいく「カメ」タイプの人が,「ウサギ」タイプの友だちよりも,よく習得できることがあるのも,これによって説明できるだろう。「急ぎ足の勉強」では,学習したことがしっかり身につかない。学んだことを固定化するには,持続的な学習が欠かせないのである。
ノーマン・ドイジ 竹迫仁子(訳) (2008). 脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル Pp.233-235
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