どんなにスバラシイ会社でありましても,不慮の事故不測の事態,不可抗力的な災厄ともうしますものは——これ,避けられるものではございません。
災厄は振りかかる時には振りかかるもの。社長一人が有能だからといって災厄が除けて通るようなことは,これもまたございません。どう考えましょうとも,何もかもが社長の行いの悪さに起因していると考えますのは,やっぱり飛躍でございましょうな。それでも釈明は決まって“不徳のいたすところ”なのでございます。
これは,トップ——王様に“徳”が足りないが故に不祥事——災害が起きてしまった,という“理屈”に基づく誤り方なのでございますな。
天人相関説の焼き直しでございます。
王様がダメダメなので天変地異が起きるようというのも,トップがヘタレなので会社がぐだぐだだよう——というのも,構造としては同じ。因果関係のないところに因果関係を幻視している訳でございます。こうした“お約束”を作り,広め,行使することで文化やら国家やらは成り立っておる訳でございます。
京極夏彦 (2013). 文庫版 豆腐小僧双六道中おやすみ 角川書店 pp.171-172
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