背理法はきわめて重要なテクニックなので,もっと数学的な例も考えてみよう。私が「平均して,人間の心臓の鼓動は10分に6000回くらいだ」と主張したとする。この主張は真だろうか偽だろうか。すぐにおかしいと思ったかもしれないが,本当に偽だと自分で確信を持つまでの過程はどのようなものだっただろうか。先に進む前に,ここで数秒を使って自らの思考プロセスを分析してみよう。
この場合も,背理法が使える。まず,議論の都合上,「人間の心臓は,10分に平均で6000拍する」という主張が正しいものとする。それが真実なら,1分では何拍起きていることになるだろうか。6000を10で割るわけだから,1分600拍である。すると,医療の専門家でなくても,これが1分に50〜150という正常な脈拍数よりもかなり高いことがわかる。そのため,「人間の心臓が10分に平均で6000拍する」という最初の主張は既知の事実と矛盾を起こすので,真ではない,ということになる。
もっと抽象的な言葉で言うと,背理法は,次のように要約できる。Sという言明は偽なのではないかと疑っているが,ただの疑いを越えて偽であると証明したい。まずSが真だと仮定する。何らかの推論によって,たとえばTという別の言明も真でなければならないことを突き止める。しかし,Tは偽であることがすでにわかっているため,矛盾が生じる。そこで,最初のSという仮定は偽でなければならないということが証明される。
数学者たちは,「SはTを内包し,Tは偽なので,Sは偽である」のようにこれよりもずっと簡潔な言い方をする。背理法を一言で言えばこうである。
ジョン・マコーミック 長尾高弘(訳) (2012). 世界でもっとも強力な9のアルゴリズム 日経BP社 pp.263-264
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