「偶然」とは「必然」の反対である。つまり必然でないものが偶然である。したがって「偶然とは何か」という問いは,「必然とは何か」と表裏の関係にあり,一方の答えは必然的に他方の答えを導くことになる。
ところがよく考えてみると,「必然とは何か」という問いに対する答えは決して簡単ではない。それは,この宇宙に秩序を与えているものは何かという問いを含み,哲学の根本問題にかかわってくる。すべての宗教においても,それは根源的な問題である。近代哲学の宇宙観はそれに対して機械的因果論という1つの立場をとっているが,そのような立場自体は科学によって検証されるものではない。つまり科学は「原則的に検証可能な科学的法則によって説明される事象だけが必然的である」と主張するが,このこと自体は科学的に証明できることではない。さらにニュートン力学的宇宙観によれば,「すべての事象は数学的に表現できるような力学的法則に従い,したがって必然的である。この宇宙に偶然なものは本来存在しない」と考える。そうして,人間にとって「偶然」と見えるものは,対象についての知識が不十分なためにそのように思われるだけであり,したがって「偶然」とは「無知」の結果であるにすぎない,とラプラスは主張した。
竹内 啓 (2010). 偶然とは何か:その積極的意味 岩波書店 pp.iii-iv
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