客観確率が想定するようなランダムな系列を表す現象は現実に存在するであろうか。実際に発見され,経験的に検証されたものには次のようなものがある。
(1)測定の誤差。ものを測定するとき,測定値と真の値との間にはどうしても誤差が生じる。測定を注意深く行えば,誤差はランダムになると思われる。そうして誤差の分布は正規分布になる。このことから測定をN回繰り返してその平均値(算術平均)をとれば,誤差は1/root(N)になることが導かれる。また,誤差の分布が正規分布であるという仮定から,ガウスは最小二乗法を導いた。
(2)サイコロ,カード遊び,ルーレットなど,多くの賭けの道具のもたらす結果。昔から,賭けにおいては,結果がランダムでなく,したがって結果をある程度知ることができるようなメカニズムは「インチキ」として厳しく咎められた。そこで「公正な賭け」を行うために,ランダムな系列が得られるようなものが選ばれ,あるいは作られたのである。
(3)事故のような偶然事件。大きな集団の中で比較的まれに発生するような事件が,一定期間内に発生する回数は,簡単な確率モデルを仮定すればポアソン分布になるが,現実にそのような分布が発生することを確かめたのはドイツの統計学者ポルトキエウィッツである。彼はプロイセンの軍団で,一軍当たり一年間に馬に蹴られて死んだ兵士の数を調べて,その分布がポアソン分布になっていることを示し,このことを「少数の法則」と名づけた。その後,一定期間に一定地域内で発生する事故の件数などの分布が,かなりよくポアソン分布で近似できることは多くの事例で確かめられている。
(4)遺伝法則。メンデルは両親からの遺伝子が子に伝えられる場合,その組み合わせが確率的になると考えられることを示した。例えば,両親のもっている遺伝子がともにAaで表わされる場合,伝えられた遺伝子が
AA Aa aa
となる比率が1対2対1になることを,有名なエンドウマメの実験で確かめた。
(5)時間の中でランダムに起こる事象。この場合,簡単な確率の議論から,ある時点から次に事象が起こるまでの時間をTとすると,Tが指数分布に従うことが導かれるが,実際に多くの事象についてこのことが観測される。特に放射性元素について,1つの原子が放射線を出して崩壊するまでの時間は確率的に変動することが知られている。このような現象がポアソン過程といわれている。
竹内 啓 (2010). 偶然とは何か:その積極的意味 岩波書店 pp.66-68
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