事故については,それが起こる確率がなるべく小さくなるように,すべての関係者が事前に努力すべきことは当然であるが,しかし小さい確率のことでも「偶然」起こってしまうことはある。その場合には事後処理として「不運」を適切に分かち合うことが必要である。損害賠償の問題はそのような観点から考えるべきである。またその場合,保険によって保険会社が損害を補償する(もちろんその場合には当事者の少なくとも一人があらかじめ保険に入っていなければならないが)こともありうる。
事故の事後処理において,当事者の一方が故意または過失によって事故の起こる確率を大きくするようなこと(例えば酔っ払い運転)をしているのでなければ,道徳的なあるいは法律的な「責任問題」をあまり論じ合うことは不毛であろう。「不運な事故」は「不運」なのであって,それは本来不条理なものである。それについてすべての当事者が満足する解決などはありえないのであって,可能なことはその「不運」の適切な分配によってその作り出す「不幸」,つまり不運な事故の被害から生じる人々の惨めさをなるたけ少なくすることでしかないのである。
そのためには人々の間の同情心と適切な社会ルールが必要である。そのようなルールの中では,当事者のそれぞれの「不運」を負担しうる能力と,事故が起こる確率を小さくしえた可能性とを考慮に入れる必要がある。
竹内 啓 (2010). 偶然とは何か:その積極的意味 岩波書店 pp.172-173
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