しかし,実際に一億分の一あるいは百億分の一という確率を検証することは不可能である。そこで重要なのは,
互いに無関係な二つの因果関係によって起こる二つの事象が同時に起こったときにのみ起こる事象の確率は,最初の二つの事象が起こる確率の積である。
という法則(乗法法則)である。このことは「互いに無関係な因果関係によって生じる事象は,確率的に独立である」ということを意味している。もちろんこのことが正しいという論理的保証はないが,しかし二つ以上の因果連鎖を別々に考えることができるということは,実はその生み出す結果が独立であるという仮定を含んでいると考えられるので,現実的な行動原理としては妥当というよりも,むしろ必要である。
そこである事象が起こる確率がきわめて小さくなるようにするには,いくつかの事象が同時に起こらなければその事象が起こりえないようにした上で,それぞれの個別事象の起こる確率を検証可能な小さい水準に抑えるようにすればよい。それは多重安全システムの基本的な考え方である。そうして一つの安全システムが失敗する確率が千分の一互いに独立はシステムを四重に設けておけば,全部が失敗して大災害が現実化する確率は一兆分の一となって,これは十分小さくて事実上ゼロといえるだろう。
現実にきわめて高度の安全性を保障されていたシステムが大事故を起こしてしまった場合には,実は何重にも設けられていた安全システムが実際には互いに独立でなく,共通の一つの要因によって同時に機能しなくなってしまった場合が多い(その最も明白な例は,そこで働いている人々が安全ルールを守らなかった場合である)。
稀な,しかし起こってしまったらきわめて重大な結果をもたらすような事故を防ぐために最も重要なことは,「確率の乗法原理」が成り立つ条件を確保することである。
竹内 啓 (2010). 偶然とは何か:その積極的意味 岩波書店 pp.207-209
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