私たち生物は一回しか生きることができない。その一回だけの生涯において,可能なかぎり子孫を残すために必死で生きているはずが,わざわざ成長を遅らせる上に子の数を自粛するサルの存在は不可解ではないか。この矛盾は,たとえば身体の大きさだけでは説明がつかない。単純に考えると身体の大きさが倍あれば,成長に倍の時間がかかると推測できるが,イヌとニホンザルとでは身体の大きさはさほど変わらない。種類によってはニホンザルより大きい犬もいるではないか。にもかかわらず,サル一匹が成熟するまでにイヌは何匹もの子供を作ってしまうかもしれないのはなぜなのか。
不可解な生活史のなかで最も不可解なのはヒトの生活史かもしれない。なぜならば,ヒトはサルのなかでも成長時間が最も長く,寿命も長い。ヒトの身体はサルとしては大きいほうだが,進化の系統として最も近いチンパンジーとはさほど変わらないし,ゴリラに比べればまだ小柄である。しかし,ヒトの母親は,普通はやはり一度に一人しか子供を産まないのはなぜであろうか。
サルとヒトの不可解な生涯を説明するために,生活史理論では一見生物学らしからぬ要因を研究しなくてはならない。その代表が寿命,出産,そして,成長,である。
D・スプレイグ (2004). サルの生涯,ヒトの生涯:人生計画の生物学 京都大学学術出版会 pp.10-11
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