投資理論によって少子化を説明しようとするキャプランは体力,知識,経験,技術など,一人一人の人間が身につける能力を「身体化資本(embodied capital)」と呼ぶ。彼によると,ヒトは身体化資本の価値を高めることにより進化してきた。よって,子供にできる限り多くの身体化資本を身につけさせることが親心である,と力説する。そして,現代の少子化の説明に,キャプランは教育費の影響を強調する。産業革命とともに多くの人々は教育を受ける機会を得ることとなった。と同時に,教育を受けなければ職を得られない社会層も増えてきたといえる。ところが,子供の教育はいつの時代であろうとも非常にコストがかかる。子供が大勢いては教育費がかさみ,家計は成り立たなくなってしまう。その事実を前提に,子供たちが十分な教育を受けられるように,教育の恩恵を最も受ける社会層から先に,親達は子供の数を減らしてきたのではないか,とキャプランは提案する。
この仮説による少子化の説明を要約すると,現代は親は子の質を選ぶ必要性を感じているために,子供の人数を減らしているのである。親の深層心理では親は子に社会で成功してほしい,と推測する。そのために親は子に多額の投資をつぎ込む。食事をさせ,服を着せ,結婚の費用を払う。生活ができるように生業の訓練をする。家業や財産や土地を継がせるかもしれない。ところが,親の時間とエネルギーと財産には限りがある。生まれてくる子全員に満足な投資ができるであろうか,親の悩むところであろう。
貧しくてもいい,子は宝,と考えて大家族を選ぶ親もいるであろう。しかし,同世代との競争に勝ち抜けるように,子供の一人一人に人並みの投資を,あるいは人並み以上の投資をせざるをえない,と感じる親は子供の人数を制限する方向を選択するかもしれない。子供の質と数を天秤にかけた時,人間の深層心理として,生活に質を追求する余裕があれば,質を選択する。この判断にヒトの生活戦略が表されているのである,という主張になる。
D・スプレイグ (2004). サルの生涯,ヒトの生涯:人生計画の生物学 京都大学学術出版会 pp.167-168
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