経営者にとってもっとも不愉快な買い物客は,「フジツボ」と呼ばれている。この生物にたとえたのは,マーケティングのコンサルタントでもあるコネチカット大学のV.クマール教授だ。小売業者にとって,フジツボほどいやな顧客はいない。この連中は,切り取った割引券を手に,店舗から店舗へと車で乗りつけて,大幅に値引きされる商品だけを買っていく。船底に付着したフジツボのように,他人まかせに動きまわる。小売業者の利益にならないどころか,損失をもたらすこともわかってきた。売り上げデータをすべて取り込むことで,個々の顧客ごとに利益や損失を予想する計算が可能になった結果だ。ラルフ・ローレンやプロクター・アンド・ギャンブルをクライエントに持つクマールに言わせれば,小売業者は収益悪化につながりそうな顧客を「締め出す」べきだという。
このことは,筋骨隆々の用心棒を雇い,入店を阻止するという意味ではない。だが,同じ効果をもたらす手段がいくつかある。まず,ダイレクトメールの送り先名簿からフジツボをはずす。店内でも,だんだんと対抗措置が取られるようになるだろう。正真正銘のフジツボがスマートカートを押していたら,定価のキャビアやトリュフの広告でスクリーンを埋め尽くし,不快にさせるのも効果的かもしれない。インターネットでは,お呼びでない顧客への嫌がらせがはるかに簡単だ。オンラインストアでは,すでにフジツボを広告で執拗に攻め立てている。さらに,本の中面の閲覧や,有能のポルノサイトにおける無料画像のダウンロードでは,もっとも低速のサーバーに切り替え,延々と待たせようとする。
スティーヴン・ベイカー 伊藤文英(訳) (2015). NUMERATI ビッグデータの開拓者たち CCCメディアハウス pp.74-75
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