現在の私たちは,てんかん発作が脳内の電気活動が過剰なために起きる行動変化であることを知っている。研究者がてんかんにかかわるこの事実をはじめて知ったのは,1920年代末にハンス・ベルガーが発明したきわめて重大な技術のおかげだった。ドイツで精神科医の職にあったベルガーは,脳機能(心と脳の相互作用)モデルの開発にキャリアを捧げた。脳の血流と脳の温度を行動に結びつける試みが無残にも失敗すると,彼は脳の電気活動に興味を移した。初期の実験では,患者の頭皮の下にワイヤを挿入し,ヒトの脳の電気活動をはじめて記録した。ベルガーは自らの手法を electroencephalogram (脳波=EEG)と命名し,速い波や遅い波など異なるリズムを記録した。非侵襲的な頭皮電極の導入などの一連の技術改良を経て,ベルガーはてんかん,認知症,脳腫瘍など数種の脳疾患で見られる異常な電気活動の記録に成功した。ヒトの脳にかんするこの新しい知見は神経学のありようを変え,脳の生物学にかかわる手がかりを研究者に与えた。
スザンヌ・コーキン 鍛原多惠子(訳) (2014). ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯 早川書房 pp.29-30
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