自分ではそれと気付かずに学習がなされることもあるという発見は,ヒトの記憶研究におけるもっとも重要な進展の一つと言えよう。20世紀には,健忘症にかかわる科学研究の多くが陳述的学習と記憶に焦点を当てていたとはいえ,もう一方の非陳述的学習と記憶にも光が当てられるようになり,このタイプの学習と記憶によって,健忘症の患者は学習経験を明確に示すことは無理でも,以前にはできなかった作業が実際にできるようになるということがわかってきた。非陳述的学習は手続き学習,または潜在学習とも言われる。非陳述的学習と一口に言っても,その実態は,運動スキル学習,古典的条件づけ,知覚学習,反復プライミングといった,障害によって失われずに残った実に多様な学習能力をとりまとめたものにほかならない。これらの「手続き」は,課題達成に要する試行回数,必要とされる脳基盤,知識の持続性などいくつかの点において相互に異なる。
スザンヌ・コーキン 鍛原多惠子(訳) (2014). ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯 早川書房 pp.212
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